こちらの作品は、殺人・自死・死亡事故を想起させる表現があります。 閲覧の際はご注意ください。


蔵未君は帰り道の途中、大きな空き地のところまで来ると、必ずそこで立ち止まりどこか遠くを見つめている。心持ち顎を上げ、たっぷり十秒はそのままでいて、それから視線を地平線まですうっと下ろすと、また歩き始める。蔵未君がなにを見ているか知りたい気持ちはあったけど、詳しいことは聞けなかった。蔵未君はおうちの事情がフクザツだと聞いていたし、遠くを見る顔は穏やかで、邪魔しちゃいけない気がしたから。  それに、余計なことをして、彼の気持ちを損ねたら——別に、蔵未君はだれかを嫌ったり、急に手のひらを返したりするタイプではない(と思う)けど、「一緒に帰るのはやだな」とちょっとでも彼が思ったら、いともあっけなくこの習慣は潰えてしまうだろう。だって、私と彼との接点は、まさしくこの帰り道しかないのだ。二人で一緒に帰っているのは単なる偶然の成り行きで、何か理由があるわけじゃなかった。蔵未君の新しいおうちがたまたま私の家の近くで、初めて彼がそこへ帰るとき、道案内を必要とした。それだけの話だった。

私と蔵未君には、似ているところと違うところがある。まず、二人とも帰宅部で(つまり帰宅時間が同じだったのだ)、二人とも本が好き(帰り道を行くあいだ、話題にできることがお互い読書しかなかった)。彼はSFや幻想文学が好きで、海外の作家の本もたくさん読んでいるらしい。私の読書遍歴は日本の作家ばかりだったけど、江戸川乱歩とか、安部公房とか、重なる部分を見つけては感想を語り合った。一、二冊、本の貸し借りもした。  それから。私たちはたぶん、性格がかなり似ている。二人して気にしいで、ほんのちょっとしたことで余計な勘繰りをしてしまう。なんてことない返事にも、相手が不快に思ったのでは、嫌なやつだと思われたのではないだろうかとおどおどし、そんな態度でいるものだから実際に嫌われてしまう。はじめて、二人きりで話してみて、私たちはお互いにある確証を得た——と思う。つまり自分たちが同類で、おそらくいつも似たようなことを考えている、ということ。  だから私は、蔵未君とは、いくらか自然に話ができる。もしかして彼も同じなら、彼のほうにも私と一緒に帰る理由はあるのかもしれない。  違うところはといえば、顔だった。蔵未君は美形なのだ。鼻筋がすっとして、垂れがちの瞳は奥深く、ただそこにいるだけで自然と目が行ってしまう。一方、私は平々凡々。取り立てて悪く言われもしないが、みんながつい存在を忘れるような、そういうタイプ。したがって私と蔵未君は、クラスでの立ち位置も少し違う。美しいものに心惹かれるのは人間の性だから、いくら彼が(私と同じくらい)内気で口下手だったとしても、近づいてみようとする人がそれなりに存在する。  とはいえ、私たちの差は、「少し」で収まる範囲だった。それはもちろん彼と私の共通点のせいだろうけど、加えて彼の事情——家の複雑さ——もその一因であったと思う。自分にはうまく想像できない事情を抱えた人の前では、だれしも、多少身構える。だれだって気まずい思いをしたり、下手を打って自分の駄目さを思い知ったりはしたくない。それが嫌ならいろんなことをきちんと考えなきゃいけないけど、きちんと考えるのって、しんどい。  みんな結局、なんの問題もない人と、付き合いたいのだ。

春からの習慣が続き、気づけば夏休みの手前。梅雨入りも間近というころ、ホームルームの課題が出された。自分の住む街について一つ自由にテーマを決め、調べた内容を大判紙いっぱいにまとめるという。作業は夏休み中に教室で行う前提で、出来上がった作品は文化祭用の展示となる。  五人ほどの班を作り、各班で一枚仕上げるといわれた。つまり、私のような者には難しい、「グループワーク」だ。誰かと組を作りなさいとか、班を作りなさいと言われると、大縄の輪にいつまで経っても入れないときの気持ちになる。飛び込まないといけないことはわかっているのに、失敗が怖い——誘われるわけがないのだから、自分で勇気を出すしかないのに。  そこで、微かな期待がよぎり、私は蔵未君を探した。けれども彼はちょうどクラスの中心グループに誘われていた。蔵未君も他のメンバーもどことなく戸惑っていたが、どうやら女子のひとりが彼を引き込もうとしているらしい。  視線を感じてか、彼が振り向いた。一瞬、目が合ったけど、彼は強く腕を引かれてそのまま視線が逸れてしまう。  私も、そこで目を逸らした。軽い思いつきのはずなのに、ことのほか落ち込んでいる自分自身が、ちょっといやだ。  俯きがちに、みんなの足元をきょろきょろと見回していると、背後から声をかけられた。驚いて振り返る。そこにいたのは、男子四人組だった。確かみんなオカルト好きで、昼食の時間には怪談話に興じている。 「俺たちの班はどう?」四人組のひとりが言った。名前は、$\mathop{\footnotesize緒原}\limits^{\tinyおばら}$君といったっけ。「五人で一組だっていうから、ちょうどいいんじゃないかってさ」 「えー、女子?」別のひとりが言う。「いちいち『怖い〜』とか『やだ〜』とか、言われたら面倒じゃねえ?」 「じゃあ他にだれ誘うんだよ」緒原君は言い返した。でも、また何か考えたのか、 「篠原って、怖い話へいき?」  そう聞かれ、私はほっとした——案外、気遣ってくれるらしい。怖い話は得意ではないが、全くダメというほどではない。小野不由美だって読んでいるし。 「だいじょうぶ——だと思う」なので、答えた。「怖い話がテーマ?」 「まあ、俺らの趣味的には……篠原はなんかやりたいのある?」  首を振って答えた。「何も」 「オッケー。じゃあ、まあ……手伝って。付き合わせちゃって悪いけどさ」  そういうわけで、私はなんとか、いるべき班を見つけられた。けれども調査の内容についてはちょっぴり不安がなくもない。生まれてこのかたこの街にいるが、「怖い話」に心当たりはなかった。

「街の怪談、というにはちょっと最近の話なんだけどさ」  $\mathop{\footnotesize古谷}\limits^{\tinyこたに}$君——私の加入に難色を示していた男子——が切り出したのは、隣町との境目にある古い団地の噂だった。十年ほど前、ある部屋で事件があり、女性一人と乳児が亡くなった。その部屋は今も空き部屋で、越してくる人も過去にはいたが、みな二ヶ月ともたなかったという。 「なんか、その部屋に住んでると、悲鳴が聞こえてくるんだって」 「悲鳴? 女性の?」 「たぶん。事件が起きたのが四時とか五時の、夕飯作ってるときだったらしくて、その時間に部屋にいると、必ず悲鳴が聞こえるんだって。で、最初は『部屋にいると』だけど、だんだん、部屋にいなくても、その時刻には絶対に聞こえるようになっていって、そうなると大体みんな耐えられなくて、出てっちゃうんだって」 「出てったら聞こえなくなんの?」 「そうっぽい? たぶんそうなんじゃね」 「事件って、どんな事件?」 「分からん。でもまあ家んなかで、二人死ぬような事件って、けっこう限られてくんじゃない?」  ぞっとした。それってつまり——血の気が引くのを感じていると、緒原君が私にちらっと目をやり、声をかけてくる。 「篠原、この話平気?」 「え? あ、うん……」 「今さら怖いとか言い出すなよな」古谷君はやっぱり不満そうだ。 「いやでも、普通にさ」と口を挟んだのは、第三の男子、もとい$\mathop{\footnotesize安野}\limits^{\tinyあんの}$君だった。「無理そうなら調査は別に、俺らだけでやったらいいじゃん。最後のまとめだけ手伝ってもらえば」 「えー」と、古谷君は言いかけたが、少し考えてそのほうが都合がいいと気づいたらしい。「まあ、確かに? 俺らはまあ、それなら普段通りだし」  古谷君にしてみれば、気心の知れた仲間同士で探検をするというときに、お荷物の女子に邪魔されるのは不快で仕方ないのだろう。その態度に思うところはあるが、私としても暑い中わざわざ外に出たくなんかない。それに、調査とやらをして、陰惨な殺人事件(女性と子どもが殺される、とか)の話を聞くのもぞっとしない。だけど同時に、私には、まさにそこが引っかかっていた。 「あのさ……」恐る恐る口を開く。「調査のことは、任せるんだけど……」 「どうかした?」と安野君。 「その……女性と、乳児が、家で死ぬような事件って、つまり……強盗、とかかなって、思うんだけど」 「どうだろ?」古谷君は口を歪めていた。「たぶんさあ、もっとヤバいやつかも?」 「動機については分からないけど。とにかく、だれかが殺した……んだよね? つまり、二人死ぬような、殺人事件だよね」 「……まあ」緒原君が応える。「その可能性は高そう」 「そんなことがあったとして、なんで私たち、知らないのかな」  これには——四人とも黙り込んだ(うち一人は、そもそも声を聞いたことすらなかったが)。 「団地って、S団地でしょ? あんな近くでそんなことあったら、親とか話題にすると思わない? 私たちに直接言わなくたって、話してるのを聞いたこともないの、なんか、ちょっと変な気がする」 「だから——」声を荒げかけた古谷君は、なんとか抑えて、苛立たしげに続けた。「それがどういうことなのか、これから調べるって話じゃん」 「……そうだね」 「思いもよらない事情とか、隠れているかもしれないしね」安野君が言葉を継ぐ。 「でも」と言ったのは緒原君だった。「篠原って、結構、推理とか得意? いてくれたら助かるかも」  緒原君は意見を聞くように、他の三人を一人ずつ見やった。古谷君は顔全体で不同意を示していたが、安野君はどうやら態度を保留にしているらしい。それで、彼の目は石像のような最後の一人——牧村君に向けられる。 「マッキーは、どう?」  牧村君は、長い前髪の隙間から緒原君を見返して、答えた。 「僕は……四角よりも五芒星のほうが、呪術的で、好ましいと思う」

余計なことを言ってしまった。自分から負担を増やすようなことを……いつもより重く感じるローファーを引きずっていると、隣を歩く蔵未君が、立ち止まる。例の空き地だ。  車道側に立つ蔵未君が、少し私に背を向ける。車道の向こうのさらに向こう、空き地の先の宙を見つめ、心なしか顎を上げる。いつものとおり、時間をかけ、何かを……目で追っている。  胸がざわついた。  たぶん、怖い噂を聞いて、私はそわそわしていたんだろう。蔵未君が何を見ているか、不意に聞きたくて堪らなくなった。それは何を見ているか知りたいというよりは、何でもないものだと知って、安心したいという気持ち。  息が引っ込むのを感じた。訊ねた声がかすれる。 「あの」  蔵未君は、物思いから醒めた様子で振り返った。一瞬、きょとんとしたあとで、共通の悪い癖が出る。 「……あっ、あの、ごめんね。いつも、このへんで急に立ち止まって。変だよね、意味不明だよね。その、——」 「あ、それはいい、……いいっていうか、ぜんぜん、気にならないし。あっいや、気にはなるんだけど、嫌とかじゃなくて、つまり、……」  鏡写しに慌てる自分を、なんとか抑える。「……なに、見てるの?」  そのとき、彼の動きが止まった。  おどおどと揺れる表情が、ぴたりと固まり、動かなくなる。それから、$\mathop{\footnotesize支}\limits^{\tinyつか}$えが抜け落ちるように、ゆっくりと凪いでいく。生温い風が吹き、彼と私の髪が揺れる。夕映えの、赤い色が、彼の瞳に差し込んでいる。 「……思い出、かな」  静かな声で、蔵未君は言った。その口元は、少し、笑っていた。

蝉も鳴かない酷暑のなか私たちは坂を登っている。ゆるやかに弧を描く広い車道はコンクリ敷きで、白茶けた表面が、絶えず目を刺してくる。眩しさと、汗が染みるのを嫌い、うつむく首をもたげると視線の先に陽炎が見える。あまりの熱射に景色まで、溶け出したように映る。 「これってさあ」緒原君が、車道に並ぶ溝を指差した。「どうやってつけんだろ?」 「なんか、こういう形に並んだ器具があるんじゃない?」と、私。 「いや」三歩後ろから安野君が答えた。「シンプルに輪っかだよ。一つ一つつけるの」 「へえ」 「一つ一つって、大変だね。どうやって同じ間隔にするの?」 「熟練の技、なんじゃない? 特に定規とか、印とか、ないっぽかった。前に動画見たけど」  汗で落ちるのかメガネを押さえ、安野君は続ける。 「こういうの、坂にしかないだろ? 滑るからさ、エンジン止めてても、坂だと、車って、自重で。だから、こんなんでもないとダメなんだよ。手間だと思うけど、けっこう大事」  言わんとすることは伝わるが、安野君にしては散らかっている。古谷君もこの暑さでは嫌味をいう気力もないか、出発からこっち黙り通しだ。牧村君に関してはどういう状態かわからない。今のところ、倒れたりもせず、きちんと着いてきているが。 「マジで暑い……」緒原君が、思わずといった調子でこぼす。「安野、あとどんくらい?」 「坂登り切っちゃえば、あと百メートルくらい……のはず」 「はず?」 「スマホ、熱すぎて。マップ見られなくなったから、切った」  緒原君はそれを聞き、急に前を向いた。 「ねつっ、ぼー、そー、かっ」  言いながら、声に合わせ、弾むように大股で進む。直後に後悔した気配が背中から伝わってきたが、勢いよく振り向いて、私たちに発破をかける。 「とりま、登り切っちゃおう。確か公園があったから、そこでいったん休憩。な」

緒原君の記憶の通り、坂の先には公園があった。でも、蛇口から出る水は、お湯とほとんど変わらなかった。  団地にたどり着いた頃には、だれも口を利かなくなっていた。とはいえようやく目的地にやってきたのだし、何よりも、冷房のもとに身を置かないと倒れるような気もしている。なので一同、噂の部屋のある五階まで上がっていき、ひとまず適当な呼び鈴を押した。通してもらえなくっても、玄関から風を浴びるだけでいい。 「はあい」出てきた中年の男性は、驚きを浮かべた。「どうした、君たち」 「あの……」緒原君が、息も絶え絶えに告げる。「僕たち、××高校の者です。夏休みの、自由課題で……」 「よく分からんけど、とりあえず上がりな。冷たいお茶出してやるから」  助かった、という心地だった。他の四人もほっとした顔だ。お言葉に甘えすぐ上がり込むと、五人分の靴でたちまち玄関はいっぱいになった。男性に気にするそぶりはなかったが、汗を吸った靴下で、廊下を歩くのも気が引けた。室内履きとか、持ってくればよかった。 「ほい。手狭で悪いけど」  男性はリビングに通してくれ、食卓机の周りの椅子が足りないのを見ると、廊下へと消えた。しばらくするとキャスターのついた別の椅子を持ってきて、机の脇に置き、今度はキッチンへ消える。そこから背の低い丸椅子を持ってきてまた脇に置くと、再びキッチンへ取って帰した。そのあいだ、私たちは席につくわけでもなく、ぼうっと突っ立っていた。  男性はまもなく、さまざまなコップに入った冷たいお茶を出してくれた。水出しの緑茶らしい。コップは普通のグラスから、マグカップ、プラスチックのカップ、湯呑みとてんでばらばらで、普段使っていないことがわかる。またも申しわけないような気がした。せめて、洗って帰るくらいしよう。 「んで? 自由課題っつったか?」 「あ、はい。この街について一つテーマを決めて、調べることになって。で、僕たち、怪談とか好きなので。この街に幽霊話があれば、それを調べようかと……」  そこまで言って、緒原君は口を閉じる。男性は、怪談、という言葉が出てきたあたりから、険しい顔をしていた。 「感心しねえなあ」と、言う。「よくないよ、軽い気持ちでほじくり返すのは。西の端の部屋だろ?」 「あ、はい」緒原君は、緊張と高揚が入り混じったような声を返した。「噂を聞いて……」 「どこで聞いたんだ、そんな話。……そうそう、言わねえと思うけど」 「それは」と、こわばった調子で口を開いたのは、古谷君だ。「僕のきょうだいが……前に、あの部屋に住んでて。それで」  私は、驚愕を表に出すのをすんでで堪えた。初耳だ。それはもちろん他のみんなも同じだったに違いない。  古谷君はそんな私たちには目をくれることなく、話を進める。 「やっぱり、悲鳴、聞こえるようになったらしいんです。それで、……部屋はもう出て行ったのに、まだ聞こえる、って言って……なんか、仕事とか、できない感じになっちゃって。今、家に戻ってきて、引きこもってるんです」  一度、言葉を切り、息を吸う。 「だから、……詳しいこと知りたくて。どうにかは、……できないんでしょうけど」  思わぬ話に、その場には、重い沈黙が降りた。男性は、古谷君をじっと見つめ、唸るように息をつく。 「ごきょうだい」と、訊ねる。「『悲鳴』って言ったのか?」  古谷君が頷く。男性は、またもため息をついて、お茶を飲んだ。 「そういうこともあるのかもしれねえけどな、……たぶん、ごきょうだい、君に嘘をついてると思うよ。嘘っつっても、騙そうってんじゃなくて……君、お名前は?」 「古谷です。古谷、秀」 「シュウくんか。たぶんな、ごきょうだい、ほんとのこと伝えるとシュウくんがショックだと思って、違うこと言ったんじゃないかな。それかあるいは、ほんとのこと言っちゃうと、君にも伝染る、と思ったのか」 「伝染る……ですか?」 「話聞いただけで、そんなことにはならないと思うよ。俺だって話知ってるけど、この通り平気なんだから。でも、ごきょうだいは、部屋住んだせいで、怖い思いして、まだ続いてんだろ。いろいろ悪いこと考えちまったんじゃないかな。そう思う」 「それじゃあ」  緒原君が、音の聞こえるくらい鋭く息を吸ってから、訊ねた。 「本当は、何が?」  男性は、コップを置いて、緒原君を見返した。緒原君は、目を逸らさず、唇をきゅっと引き結ぶ。三秒ほどの沈黙のあと、男性は首を緩やかに振って、それから改めて古谷君を見た。古谷君は、ずっと男性を見ていた。 「聞こえるんじゃなくて」と、彼は言う。「『見える』んだよ」 「……見える?」 「あの部屋で起こったことが」それから、男性は顔を歪めた。「気の毒な話だよ」 「……起こったこと、って」  気づけば、声に出していた。男性が私に向けて、意外そうな顔をする。私は、思わず縮こまり、しかし引っ込みもつかなくて、続ける。 「事件、が、あったって。それだけ、聞いてて……住んでいた女性と、子供が、死んじゃったって。ただ、それだけ……」 「……うん」いくぶんか優しく、男性は言った。「そうなんだ。事件、……まあ、事件だな」 「それって、強盗とか?」  古谷君が訊ねると、男性は首を振る。「違うよ」 「殺されたんじゃ、ないんですか?」  緒原君が訊いた。男性は、深く、——深く黙ったあと、だれからも目を逸らし、机の中央を見据えて、答えた。 「……子供のほうは、そう言えるかもな」