スピンオフ短編です。デッカーはシザーフィールド警部(=ボス)とスティールバード警部の後輩で、同じ班にいる警部補の青年。


ホリデーを控えた非番の日、フスタフ・デッカーがデパートの正面ドアを入ると、彼を見留めた女性店員が一瞬身を硬くした。——デッカーが属するシザーフィールド班には、私生活でも「一般職ではない」と疑われがちな者が二名いる。ひとりはスティールバード警部、もうひとりが当のデッカーだった。二人して二メートル近い背に、相応の体格がついてくる。実際はそういう人もいようが、まず事務職とは思うまい。  とはいえデッカーは、スティールバード警部と違って詐欺師に間違われたことはない。しかし、ほとんど同じ理由で、華やかな場所を訪ねるとどうも居心地が悪かった。周りの人の視線まで冷たいように思われる。たぶん、気のせいだろうけど。  デッカーは思わず身を縮め、肩を丸めるようにして反対方向へ進んだ。居心地の悪さを予期していてなおデパートを訪れたのは、それなりに理由があるのだが、なんとも出鼻をくじかれた感じだ。ふらふらと辿り着いたブースでショーケースを覗き込んだが、ただの華奢な鎖としか見えないネックレスがきらめいて、いくつも並んでいる。違いが分からない。難しい顔で腕を組み、身を乗り出してみると、自分の姿がガラスに映りぎょっとしてしまった。いつも通りのトレンチコート。まるで張り込み中だ。 「お客様」  と、ショーケースの向こう、上品な佇まいの店員が声を掛けてくる。デッカーは慌てて背を伸ばし、やはり自分が大きすぎるような気がして、また縮こまった。小声に言う。 「すみません。妹に、プレゼントを探していて……」 「なるほど。失礼ですが、妹さんはおいくつで?」 「ええと。そうですね、二十代の半ばという頃で……」 「なるほどなるほど。妹さんは、どういうジュエリーがお好みですか?」  そんなことが分かるのならば苦労してデパートへ来ない。デッカーは眉間の皺を深くして、黙り込んでしまった。その迫力に気圧されたのかしばし言葉を失くした店員は、ややあって気を取り直し、ショーケースの上からネックレスを示す。 「たとえば、大きなビジューのついた、ゴージャスなものがお好みだとか。あるいはそうですね、繊細な、エレガントなものがよろしいですか? 最近のトレンドは少しこうヘルシーな色気といいますか、センシュアルな魅力を引き出すアイテムが注目されて——」  同じ言語を使っているのだ、意味は分かる。だがそれが、一体どのようなものを指しているのか、てんで分からない。デッカーは石のように黙った。店員も戸惑い顔に黙る。改めてちらと目をやると、それこそ妹とあまり変わらぬ年齢のように思えた。困らせてはいけない。しかし、自分はすでに困りきってしまっている。どうすれば…… 「デッカー?」  と、遠くから、人混みをするりと抜けて、涼やかな声が耳に届いた。ハッとそちらを振り向くが、思った人が見当たらない。聞き違いか。あまりに心細いから、頼りになる人を求めて幻聴をきいてしまったか——そう思い首を戻すと、もう少し大きな声が届いた。おかしい。再び、声のほうを向く。  目を凝らすと、人々の間に、スラッとした白い人がいて、まっすぐこちらへ寄ってくる。やがて顔が見え、デッカーは驚きに打たれた。その人はデッカーの傍らまでやってきて、店員と彼を交互に見ると、合点したように店員に話す。 「対応ありがとう。知り合いで。少し話を聞いてみます」  店員は頷いて、別の客のもとへ移った。いささかほっとした様子だ。 「やあ、デッカー。こんなところで会うとは」  その人がこちらを向いて目が合った。デッカーは今度こそ背筋を伸ばし、軽く頭を下げる。 「ボス。すみません、お手を煩わせてしまい……」 「気にするな。というより、邪魔じゃなかったか? プライベートに踏み入っちゃよくないと思ったんだが……」 「いえ、助かりました。ご覧の通り弱っていまして」  デッカーは上司の姿を確かめ、やはり湧いてきた驚きを呑み込む。人混みの中にその姿を見ても、しばらく彼だとは分からなかった。思えばこの上司の私服を見たことはなかったかもしれない。打ち上げの場でも仕事着だし、街で出会したこともない。  上司は、白いセーターを着ていた。ふわふわとした、毛足の長い、——素材がという意味でなく——うさぎのようなニット。そしてよく似た色と素材のベレー帽を被っている。髪は普段より艶があるようで、何をしたのかはよく分からないがきれいに形を整えてあった。黒いボトムスは細身の作りで、華奢な骨格が目立つ。  素直なことを言えば、デッカーは、こんな人は知らないと思った。こんなお嬢さん、知り合いにいない、と。 「何だか困った声が聞こえたから、目を向けてみたら、君がいてね。しばらく見守っていたけれど、助けが要るかと思って」 「その通りです。実は、妹のプレゼントを買いに……でも、何もかもがさっぱりで」 「ふむ。つかぬことを聞くが、妹さんはおいくつかな」 「私の四つ下ですから……二十六ですね」 「そうか。とすると……」  言うと、上司はこのフロアをくるりと見回した。 「ここじゃないかもな?」 「はい……」デッカーは情けない声を出した。「それも、察していまして……」  おずおずとガラスのケースを示す。デッカーの指の先を見て、上司は得心顔をした。 「驚いたんだね?」 「はい。こんな細い鎖が、こんなにするとは……」 「確かに、君はこういう場所に習慣的に顔を出すというタイプではないだろうしね」 「はっきり場違いと言ってください」 「そんなことはない。自信を持て」  ぱし、と上司は軽くデッカーの背を叩き、「いいところがあるよ」と促した。連れられて、エスカレーターへ進む。「警部の買い物はいいんですか」と聞くと、「僕はもう済ませたところだ」と言った。デッカーの顔を見て、自分の耳朶をそっとつつく。  カッティングされた黒い石だ。金の縁取りがついた、ひどく小さなもの。 「宝石ですか? あそこにあったなら……」デッカーは先ほど目にした値札を思い起こした。 「うん? ああ、いや。これはオニキスだから——」  言いかけた言葉はエスカレーターの終わりが来ると共に消え、上司は慣れた様子でフロアを横切ると、また別のエスカレーターへ乗った。オニキスだからなんなのか、デッカーには予想もつかなかったが、とにかく置いていかれないようにせっせと後へ続いていく。 「せっかくだから後で僕のプレゼント選びも付き合ってくれ。忌憚のない意見を聞きたい」 「私にできるアドバイスがそうある気はしませんが……」 「いいんだ。なんというか、煌びやかなことに興味がないって意味ではよく似ていてね。僕の贈る相手と君は」  次の階で上司は降りた。入口の階よりは、雰囲気が軽やかに思える。 「このフロアがいいと思うよ。差し支えなければ、妹さんの写真を見せてもらえるかな」 「はい、どうぞ。なんでも」  デッカーは即座にスマートフォンを出した。アルバムを辿り、何枚か見せる。実家でくつろいでいる写真を初めに見せたら、「そうじゃなくて」と言われ、パーティーや友人同士の集まりでの写真を探した。 「ふーむ。なるほど。パリの雰囲気だ」  デッカーはさすがボスは違うと感心したが、それを見咎めた上司が、 「あのな。推理したんじゃないよ」  と言ったので、勘違いを悟った。 「ほんとうにパリに住んでるってことか? 僕はただ服装がパリ風だと思っただけだ」 「ええ、その通りで。妹は留学中です」 「それはいいね。そういえば、クリスマスは実家へ行くの?」 「帰れれば、と思っています。少し遠いので、事件次第かと」 「それもそうだな。妹さんは?」 「あいつは帰るみたいですね、もう休暇に入っているらしくて。私も遅くとも年末には帰るので……プレゼントは郵送するか、そのとき渡そうかと」 「無事に当日、渡せるといいな。人を殺そうなんて思う奴がひょっこり出てこないことを祈る」  幸運を、とハンドサインをしてみせ、上司は歩き出した。慌ててついていくと、フロアの一角へ入っていく。雑貨のショップらしい。 「さて……」  上司は顎に手を添えて、軽く考える仕草をした。 「デッカー。君の妹さんは、料理とかするほうか?」 「どうでしょうね。確か向こうでは友人とルームシェア中で、私の知っている限りでは友人に任せるタイプかと」 「そう。じゃあ、花は飾る?」 「あ、最近、そんな習慣ができたとか言っていました。パリには花がよく売っていると」 「それなら花瓶は選択肢のひとつか」呟き、こちらを振り返る。「紅茶は好き? あるいはコーヒー」 「向こうでカフェによく行くようで、どちらも好きかと思います」 「そうか。でもカフェに行くなら、茶器の類は不要かな。家で淹れないなら、葉や粉も無し……」 「しかしケーキはよく買って帰ると」 「だったらどっちもアリじゃないか。候補に入れておこう。写真では、妹さんは髪が長かったよね? 髪飾りもいいかもしれない。消耗品の側面があるから」 「そうなんですか?」 「そうだとも。頻度で寿命は変わるけど、ゴムはいつか切れるし、ピンも折れたりするんだ」  その後も上司は、香り物はやめておこう、ネイルオイルはいいかもしれない、金属アレルギーはある?——等々あらゆる条件を挙げ、デッカーはそれに答えながらいちいち脳裏に書き留めた。いつか自分に、より個人的な仲の女性が現れたりしたときに、プレゼントを選ぶ参考になる。  デッカーは毎年、判で押したようにハンカチか手袋を買い、家族へのプレゼントにしていた。手袋ばっかりいらないと言われてからは、靴下かマフラーを贈っていたが、それで喜んでくれるのは両親ばかり、妹からはいつも不評だ。一度ネイビーのマフラーを贈ったら、「こういう色は持ってるし、私が持ってるやつのがいい」と言われ、去年は赤と緑のツートンを渡した。すると妹は、受け取った途端に顔をしかめ、 「雪だるまにでも巻けっての?」  と言った。——今年張り切ってデパートへきたのは、それが原因だった。 「んー……そうだな。僕のおすすめは……」  横でしばらく黙っていた上司が、唐突につぶやいた。そうして、パッと顔を上げると、店のあちこちからひとつずつ商品を取ってくる。それらを手近な台に並べて、端から順に指差していく。 「これはカチューシャ。最近流行ってるけど、オーソドックスな型のものはたぶん持っているはずだから、少し華やかなものにした。軽いパーティーにも便利だし、デートの時にもいいんじゃないかな。同じようにこれはヘアピンで、ビジューやパールがついてるだろ?——この石とかのこと——こういうのは重ね付けするのがかわいいから、新たにもらっても困らないと思う。こっちのネックレスも、重ね付けが前提。これ自体二連だけど、もっとつけても素敵だから。でもパリジェンヌはあまりたくさんはつけないかな。どうだろう?」 「パリが好きだというだけで、パリジェンヌなわけではありませんから」 「そう? まあ、そうか。で、こっちは花瓶だ。一輪挿しだね。この大きさなら邪魔にはならないし、買う花に合わせていくつか持っておきたいのが花瓶だからね。花の好きな人なら、いくらあっても困らないんじゃないかな——」そこで言葉を止めた上司は、にやっとして花瓶の底を返した。「見てごらん」 「はい?……えっ、」 「ね。かわいいし、素敵だけど、自分ではちょっと買わないだろ? 学生さんなら特に。そういうものをプレゼントされると、嬉しいと思うよ。たぶんね」  デッカーは口をぽかんと開けて、ただ頷いた。そういうものか。そうなのか。よく分からないが、この上司が言うなら、きっと間違っていないだろう。 「さて。じゃあ、どれを選ぶ?」  と、上司がこちらを見上げるので、デッカーは間抜けな声をあげた。「へっ?」 「へ、じゃないよ。君が買うんだから、最終的には君が選ばないと」  そういうものか——またしても同じ独り言を内心ぼやき、候補を睨み付ける。  上司は平気な顔をして、悩むデッカーを見つめている。デッカーは何度か、代わりに決めてもらえませんかと口にしそうになったが、ぐっと堪えた。恐らくこの過程が重要なのだ。贈る相手のことを思い、何を贈るべきか、考える過程が。 「私は……」じっと悩んだあと、デッカーは最後に台に置かれた一つを指した。「これにします」 「花瓶か」上司は含み笑いだ。「理由をお聞きしても?」 「はい。まず、こちらのカチューシャは……」デッカーは慎重に指でつまんだ。すぐ取れそうな飾りがたくさんある。「妹が好きそうだと思ったのですが、確かあいつ、頭に何かあるのが苦手で……帽子も耳当てもすぐ取ってしまうんです。カチューシャも、だめなんじゃないかと」 「ほほう。兄の知恵だね」 「ええ。ヘアピンも、すぐに取ってしまいそうなのと、確か髪が滑るとかで、なかなか留まらないんだと愚痴を言っていた記憶があって。喜びそうですが、結局のところ使わなくなる気がして。ネックレスは……私と妹の距離感からすると、違うかなと」 「いいね」上司は小刻みに頷く。「それで、花瓶?」 「はい。消去法の理由もありますが、積極的な理由もあって」 「ぜひ聞きたいな」 「この色合い……白とのグラデーションの。なんでしょう、薄いブルーというか……こういう色の小物が、好きだったんです、昔から。こんなような色のテディベアも可愛がっていましたし、あと今の携帯のケースもこんな感じの色で……」 「へえ。それは写真の格好からは想像できなかったな」 「はい。自分自身には似合わない色だから、身につけないんだそうです。オータムがどうしたこうしたと」 「ああ、パーソナルカラーがね。なるほど」 「あと、この……小鳥のオブジェが」 「うん。口のところの子だね?」 「かわいいな、と」 「それは……君が?」 「はい。私が、かわいいと思いまして」  言い終えて、口を引き結ぶ。審判を待つ心境だ。  上司は、選ばれなかったアクセサリーをそっと脇へのけ、花瓶を取った。デッカーに手を出すように言い、差し出された両手に、優しく載せる。 「さあ、買ってこい。きれいなラッピングを頼みなよ」 「ありがとうございます!」  力強く応え、デッカーはレジへ向かった。店員にプレゼント用だと告げ、ラッピングを頼む。こちらは慣れた店員で、無言のままラッピング紙を引っ張り出してきた。五枚あり、どれも柄が違う。 「じゃあ、これで」  会計し、ラッピングが終わるのを待つ。様子を伺うと、上司はアクセサリーを戻して、自分の買い物をしているようだ。ほっとして、その場に待機する。 「どーぞ」  やがて店員が言った。ラッピングの仕上がった小箱を受け取り、上司のもとへ戻る。 「終わりました」 「ああ。おつかれ——」  上司は、デッカーの手の中に気づいた。サンタとトナカイが描かれた赤いラッピングを見つめ、しかし、何も言わないでくれた。

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それから一週間ほど、ありがたいことにこのホリデーに人殺しをする者はおらず、シザーフィールド班の面々は無事に冬の休みを得た。結局実家に集まることになり、イヴにユーロスターで帰ると、妹は先に着いていた。リビングのソファに座る彼女に、無言で、赤い小包を渡す。  妹はラッピングを見て、片眉を持ち上げた。踏ん反り返った体勢のままビリビリと包装を破く。が、出てきた箱を見て、もう片方の眉も上げた。紐を解き、蓋を開ける。 「ウソ——」  中身を手にとって、しげしげ眺めると、妹はデッカーを睨んだ。 「ねえ、ちょっと。誰の入れ知恵?」

年が明けた翌日、上司に挨拶をしがてら、事の次第を報告すると、大笑いの絵文字が一つ返ってきた。ややあって、メッセージ。 《そうか。お役に立ててよかった》 〈ボスのほうは、どうでした? 喜んでいただけましたか〉 《ああ! そうそう、お礼を言おうと思ってたんだ。久々に屈託なく受け取ってもらえたよ。俺としては、ちょっと寂しいんだけど……》  ホリデー前のあの日、デッカーのプレゼント選びが終わると、上司はパンと手を叩いてこう言った。「次は君が役に立つ番だ」——毎年プレゼントを贈っている相手がいるそうなのだが、自分とは趣味が正反対で、洒落たものにもきれいなものにもまるで興味がないらしい。そのうえ、高価なものかどうかは悟ってしまう人だから、自分が好きなように選んで贈ると、いつも若干難しい顔をして受け取るのだとか。なので今年はそういう顔をさせないようにしたい、云々。  デッカーにはその相手が誰なのかは分からなかったが、自分に意見を求めるのならば、自分と似たような人物なのかと考えた。自分だったらホリデーに何をもらったら嬉しいか、——香水は使わない、おしゃれなネクタイピンなども不要——しばらく考えて、デッカーは言った。 「プロテイン、ですかね」  そのときのボスの困った顔は忘れられない。今も思い出して、少し笑みがこぼれる。 〈結局プロテインをあげたんですか?〉 《それだけじゃ味気ないからさ、シェイカーも一緒にね。あれって、消耗品なんだね? 初めて知ったよ》 〈長く使ってると、汚れてきますから〉  あのときは詳しく聞かなかったが、相手が少し気になった。数秒の間を置いて、画面上のキーボードを打ち込む。 〈贈った相手は、ご家族ですか? 弟さんがいらっしゃるんですよね〉  送信音の後、すぐに開封済みになり、返信中のアイコンが出る。それなりの時間がかかった割に、返信はごく短かった。 《違うよ。君も、知っている人》

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休み明け、署に出たデッカーは、別の上司の机の上に真新しいシェイカーを見つけた。クリアブラックのその筒は、デッカーがホリデー前にボスに教えたブランドのものだ。  誰の机か、しばし考え、すぐに思い出した。ゆっくり、彼のほうを振り向く。  その人は件のボスと話をしているところだった。が、すぐに視線に気づき、デッカーを向いて右手を振る。 「やあ! しばらく見ないうちに、また大きくなったかい、デッカー?」  デッカーは隣のボスを見つめた。彼はこちらへ顔を向け、デッカーにだけ知らせるように——こっそり、素早いウインクをした。


明けましておめでとうございます、今年の書き初めです。やや時期外れですが、ホリデーシーズンということで……