死にまつわる不謹慎な会話、子供の死などを含みます。

また、怪談ではあるものの、怖くはないと思いますので、得意な方も苦手な方もそんなつもりでお読みください。


発端は山奥のお寺を仕事でお訪ねしたときで、そのお寺さんはすごく立派な御堂を持っているんだけど、もうあちこち老朽化して修繕しないと危ない感じ、でも近年の過疎化もあってそんな資金があるわけじゃなかった。だったらもうバラすしかないね、要らないなら土地譲ってねってことにもなってくるわけで、するとまあそういうときは僕にお鉢が回ってくる。気が重いなあと思いつつ、ひとりで話をつけに行った。  自分で言ってるんだからちょっと許してほしいんだけど、鳥と虫の声しかしない緑のかげの深い森に、金髪碧眼の大男のそぐわなさといったらない。幾分かはビジネススーツとブリーフケースのせいだろうが、じゃあ着物ならいいのかって同じことだと思うね。まあ、常に景色から二、三ミリ浮いているような心地で、こりゃあ僕は歓迎されていないなあとしみじみした。とはいえ、山には好かれるほうが危ないとも聞くからね、疎まれるくらいがちょうどいいかとたいして気にはしなかった。実際、僕は無事に登って、無事に降りてもきたわけだし。  お寺の境内は素晴らしかった。信心に欠ける僕としても、心洗われるものがあった。これを取り壊すのは忍びないと思う気持ちはよく分かる。でもま、ない袖は振れないからさ、費用がないんじゃしょうがない。住職さんなんか僕のこと悪の手先と思い込んでいて、寺が潰れる原因はお前たちだと言わんばかり、何やらひどい誤解があるぞと思いはしたがほっといた。人間、責任転嫁とかせずにいられないときもある。そういうときに理路を正して説いたとしても、効き目はない。  仏頂面の住職さんはいちおう僕にお茶を出した。大きな仏像さんの前に座布団をふたつ並べてさ、ご本尊のご威光をちょっとは借りる気だったのかな?  そのお寺には山の麓に出張所的に敷地があって、村の法事やなんかにはそこを拠点に対応してるし、まあ地域の寺院としては今後もやっていけるらしかった。僕らとしては土地を買って、取り壊しの費用も負担しますよと。でも、仏像とかはこちらじゃ始末しかねるんでよろしくねとなった。それについては住職さんも了解しているようだった。 「こういうことを言える立場じゃないことは、分かっておりますが」  話も落ち着いてきたころ、ふと、住職さんがそんなふうに言った。僕は出してもらった大福を口に含んだところだったので、ただ手の動きで促した。 「ここを買い取って、御堂を潰すなら、ひとつだけあなたがたに処分してほしいものがあるんです」 「処分ですか」僕はなんとか大福を呑み込んで答えた。「それはまたどういう?」 「今、持ってきます。ちょいとお待ちを」  住職さんは、そこで席を立った。ずーっと正座してたのに、なんとも滑らかできれいな所作だ。今持ってくる、ということは、何かしら形のある物体らしいぞと僕は思った。文化財か、宗教的なものか。あれこれ想像していると奥から住職が帰ってくる。 「こちらです」何かを手前に置いて、住職さんは座った。「この木箱」 「はあ」  僕と住職の境界線でも引くみたいに置かれた細長い木箱は、元の色なのか経年劣化か、じっとりと黒ずんでいて、中央に和紙が貼られていた。梵字か何かの書いてある幅広の和紙は長さもあり、天辺から底にまで回っているようだ。蓋は嵌め込み式らしく開けるときは上に引き抜くんだろう。しかし、それ以上のことは、何もわからない。 「なんでしょう、これ?」 「うちでずっと保管していたものです。けれど、この山と、御堂の力があってこそ、置いておけたもの。それがなくなるとうちではちょっと扱いようがないんですよ。売ったり捨てたりできるものでないし」 「そうですか。でもそれじゃ、僕らにはいっそうどうしようもないんじゃ?」 「だと思いますよ」  平然と住職は言う。 「けれども、うちには置いておけない、そいで山の持ち主になるのはあなたがたってことなんだから、あなたがたになんとかしてもらうしかないじゃあないの。なに、処分は諦めて、山に置いておく分にはそこまで大事には至らんでしょう。でも埋めておいたりしたらいけないと思いますよ。小さくても御堂を建てて、祀っておかないと」 「はあ。そりゃ、困ったな」 「申し訳ないけど、それをお預かりいただくのを、条件とさせてください」 「それじゃ……ひとまず、持ち帰って検討します。ところでこれ、僕がいったん預かっておくのはまずいですか?」 「私は、困りませんけどね」 「そうですか。じゃあまあ、上司に見せておくか」  僕は木箱を掴み取って、しかしケースには入りそうにもなかったから、ジャケットに突っ込んだ。縦に大きくはみ出していて不格好だったが仕方ない。それを見る住職の表情といったら凄かったけど、取り立てて何か言ってくることはなかった。僕は、そのままお茶を飲み干して、席をたった。 「また、来月お伺いします」  去り際に言うと、住職は座したまま、 「ご随意に」  とだけ、ひとこと返した。

で、来月また同じように元気よく戸を叩いたら、その住職は幽霊でも見るような顔をしやがった。今回は麓のほうの、別館じゃおかしいか、とにかく分けて建てられたほうを訪ねる手筈だったから、山登りせずに済んだんで先月より元気なくらいだったが、住職はひっくり返らんばかりの勢いで驚いていた。それで、やっぱりあの木箱って曰く付きだったんだなと思った。僕が無事にやってくることを想定していなかったらしい。 「なんともないんですか」と住職は言った。 「ああ、木箱ですか。無事なままですよ」 「いえ、あなたが」 「僕はこの通り」 「木箱は? 木箱はどうしたんです」 「いやあ、会社に置いとこうと思ったんですけどね。上司に見せてから、僕のデスクに置いたら、なぜか帰宅した僕の部屋のテーブルの上に置いてあってね。一回ごみの日に出してみたけどやっぱり僕の部屋に戻るから、じゃあ置いとくかと思ってそのまま預かっていますよ。どうかしました?」  住職は戸の引手に縋るように指を掛けたまま、顎が外れるんじゃないだろうかと思うくらいに口を開けた。さながら『シャイニング』でニコルソンがこんにちはしてきたときみたいだ。ともかく、住職はそんな大層な表情のまましばし固まると、やがて今度は怯えたようになって、おろおろと後ろへよろめいた。そのときようやく、戸から手が離れた。 「お邪魔しますよ」  居間へと通されるあいだ、住職は何も言わなかった。  畳に置いた座卓の上にお茶と和菓子を出すときも、住職はおっかなびっくり、顎を引いた上目遣いで、こりゃあ問いただし甲斐があるぞと僕は思った。いったい何を渡してきたか、確かめてやろうじゃないか。それで、住職が嫌そうにゆっくりゆっくり時間をかけ、ようやく座布団に正座した途端、僕は口火を切った。 「それで、あれは一体なんなんです? なんだか古めかしい箱ですが」  住職はびくっ、と肩を震わせ、また顎を引いて、 「……ほんとうに、あなた元気なの?」  と、言う。満面の笑みで頷くと、ちょっとのけぞったまま、彼は湯呑みを掴んだ。 「信じがたいことだけど……そういえば、上司さんとやらは? 会社に持っていったんでしょう」 「ああ、上司ね。彼は死にましたよ」  僕はそう答えた。住職の、お茶を飲む手がぴたりと止まる。 「僕ね、あの日はスーツのポッケに木箱を挿して帰ったんです。車で来ていましたから、会社までは車でね。そんでもって上司を呼んで、いちおう会議室で話して。上司は『そこらへんに捨てとけ』と言うんで、そりゃそうなるよなあとね、でも、どういう代物か知らんが今日まで取っといてあったんでしょ、そんな適当に捨てちゃうってのも悪いような気がしてさ、とりあえずいったんデスクの上に置いて帰ったんですよ。ここまでは、さっき話しましたね?」 「ええ。そのあと帰ったら、部屋に置いてあったっていうのも」 「そうそう。で、確かに置いてったのに、テレポートでもしたみたいに家にあるから、こりゃおかしいぞって。僕ねえ、こんなこと言うのもなんだが人にはわりあい好かれやすくて、なんか厄介な人に勘違いされてるときと似た感じしてね、ちょっとこの箱と距離とったほうがいいかなあと思って、次の資源ごみの日に丁寧に包んで出しまして。確かに持ってってもらったのに、翌日、玄関先にあってね。外じゃなくて、中の靴棚の上に」 「……それで?」 「で、その日とりあえず、出社したら、上司が死んでました」  すると住職は、幾分落ち着いた様子で動きを再開し、お茶をずずっと啜る。 「死んでた、ってのは?」 「それがなんか、わけの分からない不審死だったらしくて。上司、広めの2DKに一人暮らしだったんですけど、リビングのフローリングの上で溺死してたっていうんです。海から揚げられてきたみたいに全身びしょ濡れで。でも、防犯カメラには帰宅して部屋に入るとこしか映ってない。窓も鍵がかかってたし、そもそもマンションの外側のカメラにもなんも映ってないわけ」 「それ聞いて……あなたどう思った?」 「え?」僕はお茶菓子に手を伸ばしながら、少し考えた。「うーん……なんだろ。『おもしれー』?」  僕の返しに住職は、腑に落ちたような顔をする。 「そう。で、他は?」 「他って?」 「だから。死んだのは、上司ひとりじゃないでしょ? 他にも周りで誰か死んでない?」 「ああ! なんかそういや社内で数人亡くなりましたねえ。そんなに関わりある人たちじゃなかったから、忘れてましたけど」 「それって、もしかしてあなたが箱をスーツにぶっ挿して帰った日、会社ですれ違ってたりした人たちなんじゃない?」  これにはよくよく思い出す間が必要だった。しばし考えたあと、僕は首を傾げた。 「確証はないけども……確かにあの日受付にいた社員がひとり、死んじゃったかな?」  僕の答えに、住職は長く、深いため息をついてみせた。なんのことやらと思っていると、住職はのけぞっていた背を戻し、逆に膝をすすめてくる。 「あのねえ、なんとなく、分かりました。何が起こっていたのかっていうこと」  おお——僕はようやく面白い話が聞けるとわかって、少し前のめりになった。 「まず、あの箱は何なのかって話から、お話しします」

で、以下が事の次第——あの箱は今から数百年前、この山に別の村があったころ、十にもならないくらいの子が物入れにしていたものらしい。今は封がされてるが、中には筆記具や、種々のがらくた、それから手紙と日記帳が入っていたことがわかってる。その子は日照りが続いたある日、生贄として選ばれて、村の水源になっていた湖に沈められてしまった。ところが、その子が溺れ死んで以後、村にはその子の断末魔が夜になると響き渡り、そんなことが一週間だか二週間だか続いたのち、一夜にして湖の水がぜんぶ干上がってしまったそうだ。雨が降ってくれるどころか、当座の飲み水もなくなったわけ。  村の人たちは、祟りと震え上がった。それで手のひらを返したように、今度はその子を神様扱いして、どうぞ水を恵んでくださいと必死に祈った。その結果、確かにその子は村人に水を恵んでくれてやった——村の人たちは次から次へ畳の上で溺死して、とうとう誰も生き残らなかった。そういう話。 「当時——この寺で住職をしていたある一人の男だけは、生贄に猛反対して儀式の日も助けに行ったそうで。でも、湖の中へ入ろうとするのを村人総出で止められて、助け出すことはできなかった。住職は村が滅んだあと、空き家からあの木箱を見つけて、そこに怨念が宿っているのに気がついた。あの子を救えなかった自分も同罪だ、と思った住職は、その箱をあえて持ち帰った。ところが、箱は住職を呪い殺そうとしなかった。彼が存命だったうちは、ずいぶん大人しくしてたそうで」 「ふぅん——じゃあ、彼が亡くなったあとは?」 「そのあともしばらくのあいだ、箱が祟ることはなかった。でもあるときねえ、バカな坊主が、面白がって箱を開けちまって。中にある手紙や日記を読んでしまった。それでたぶん、箱の子は怒り心頭になってね、寺の坊主を呪い出した。当時の住職が慌てふためいて高僧をたくさん呼んで、何とか怒りを鎮めてもらおうと祈祷しまくってようやく、収まった。以来箱には封をして開けないようにしています」 「手紙や日記には、何があったの?」 「……その子を救おうとした住職への、恋心……みたいなものだね。はっきりとしたもんじゃないけど、なにも経験しないまま死んでしまうなんて嫌だって、悲しい叫びもね、……書いてあったそうですよ。私はもちろん読んでいないよ、その子に悪いからさ……」 「なるほどね。それから?」 「箱を開けちまった一件以来、いったん落ちつきはしたけども、箱の子はもうすっかり怒っちまったんですよ。それで、寺の人間は見逃してくれるが、それ以外で箱を見たやつは、必ず溺死して死ぬというふうになってしまった。そのやり方がめちゃくちゃでね、突然湖に落っこちたようになって床で溺れるかと思えば、なぜか水を張った洗面台に顔突っ込んで死んでいたり、すごいときには鼻が塞がって口に二リットルのペットボトルが詰まっていたとか、道理も何もない。それでもうこれはこの寺で厳重に保管するしかないと。そこへ来て、取り壊しだろう。もうおしまいかもしれないと思って」 「ふぅん。で、僕なんか死んだらいいって?」  訊ねてみると、住職は口をつぐんだ。ややあって、ばつが悪そうに、 「そんなこともないけど……」と言う。「私だって、心底から、呪いを信じてたわけじゃあないし」 「その割には僕が今日来たとき随分恐ろしげでしたねえ。信じられないものを見るような目をしてたけど」 「…………」 「ま、いいや。それで今、僕はどういう状況なんです?」  こほん、とひとつ咳払いし、住職はまた口を開いた。 「お話を聞いていて、いろいろ想像したんだけども……そもそも、木箱を見た人がみんな死ぬなら、それは普通なの。でもどうやら、木箱を見た人が全員死んでるってわけでもないね?」 「そうですねえ。隣のデスクのやつとか、たぶん見たんじゃないかと思うが、別にピンピンしていますし」 「あなた、その人と仲良いの?」 「そうですねえ……僕は職場の人とは、たいてい仲がいいと思うな」 「でも、たぶん死んだ上司は、別にそうではなかったんじゃない? むしろあなたは嫌いだったとか」 「いやあ、好きでも嫌いでもないです。大した感情がないのはそうか」 「上司は、箱の前であなたに、乱暴な物言いをしてない?」 「それは……まあ。でも彼は、誰に対してもそうですよ。昭和の男なんですから」 「けどそんなことは箱の子には関係がないでしょう。箱の子は、上司があなたにぞんざいな言い方をするのを、バッチリ聞いていたのよ」  雲行きが怪しくなってきた。僕は口を挟まずに頷く。 「社内で数名死んだっていう人……それももしかして、あなたにちょっと迷惑とか、あるいは色目を使ったりとかしていたんじゃないか、と思うんだけど」 「あー……」それについては思い当たる節がなくもない。「確信は持てないですが」 「箱の子が好いていたっていう、……助けようとした、件の住職ね」  住職は、どこか諦めたように告げた。 「背がべらぼうに高くって、えらい美丈夫だったって……記録にね。残ってんですよ」  そこで僕は、残念ながら、ピンと来てしまった——君もそう?——自分で言うのもなんだけど、特徴としては当てはまる。 「その人は、金髪だったんですか?」 「さあ、そこまでは。でも何か、緑がかった目だったっていう話はあった。どうせ坊主だから、髪については色なんて関係ないでしょ。剃ってあるんだもの」  ここまで来ると不都合な事実を直視するほかなくなってくる。つまり僕は、なんらかの理由で、おそらくは初恋の相手にちょっと似てるとかという理由で、あの木箱に惚れられているのだ。ゆえにこそ助かったのだろうが、そう単純に喜べない。 「だから、木箱は……あなたが持っておくのが、結局いちばん安全と思う」 「……お寺じゃ、ダメなんです? ここもお寺ではあるんでしょう? 縁だってある」 「どうかなあ。だって怒らせたのは、結局寺の坊主なのよ。件の住職が住んでいたあの御堂だから堪えてたけど、もう家もかつての姿じゃなくなるってなったらさ、連なるものと認めてくれるかしら。それに、もうあなたに惚れちゃったんなら引き離せないと思うのよ。あなたの傍に居たいから、ごみに出されても戻ったんでしょう?」  確かに——ここに置いていっても、帰ったらまたテーブルの上に戻っているような気がしてならない。実は、あわよくばつっ返すつもりで、いちおう例の箱を車に乗せてきていた。しかも助手席に。厄介払いするつもりが、これじゃドライブデートだ。 「そうですか」僕は内心がっくりしつつ、お茶菓子を齧った。「置いとくしかないかあ」 「申し訳ない……と、思ってますよ。でもね、箱の子のお眼鏡に適うツラしてないしねえ、私。色男に生まれた税金と思って、預かっといてもらえないかね」  その発言はどうなんだよと思わなくもなかったが、僕は特に言い返さずにお茶を呷った——企業人だからね。箱の行く方が決まったとなればあとは仕事の話しかなく、必要な書類に必要なサインをつつがなくもらい、僕の用事は済んだ。  暇を告げると、今回は、戸口まで見送りがあった。ではまたと手を挙げたとき、住職は気まずそうに、でもはっきりと訊いた。 「あの……あなた、許してくれるかい。初めに、木箱を見せたこと」  僕は、ぐるりと目を回し、考えてみる。 「うーん……まあ、逆恨みですよね。御堂を直せなかったのは、別に僕たちのせいじゃない」 「分かってる、……悪かったですよ。でも、県が金を出さないのは、あんたたちが根回しをしてたからだって言う人もいたんだ。あの山を伐ってソーラーパネルを敷くのに、寺院(うち)が邪魔だったって……」  それについては——ノーコメントだ。僕がニコニコしていると、住職は顔を窺うように、 「それで……つい、そう、逆恨みして。あれをどうしたらいいのかもわからないし、ヤケになっちまって、……」  僕は、住職の手元を見た。来たときとおんなじように、引き戸のへこみを掴み、カタカタ震えていた。  それで僕は営業スマイルのままで答えた。「別に、構いませんよ」 「……それは、許してくれるってことかい?」 「はい。なんか、許すとか言うと偉そうですけどね。はい。許します」 「……ありがとう、……厄介ごと、押し付けちゃって悪いけど」 「まあ、いいですよ。僕が持っとくのが、どうやらいちばん平和みたいだし」

そういう次第で箱を助手席に二時間強ドライブし、無事に帰宅して僕はいま君と呑みに出かけてるわけだ。おっとお、口の利き方に気をつけてもらおうか? 君が箱から「僕に対して失礼なやつ」認定されたら、何が起こるか分からないんだぜ。……はは! そうね。箱を見ない限り、君に災厄は降ってこなかろう。  でも、その点、ひとつ気になっている。  住職だよ。この場合、箱はどう判断するだろう? 第一に、住職はあの寺の人だから、これまでは箱を見たところでお咎めなしだったに違いない。ところが、所有権が僕に移り、どうも「あの寺の人間」という特殊条件は解除された気がする。住職もそんなようなこと言ってたでしょう、「認めてもらえない」と。  で、もう一つ。  箱は会社の数名を祟り殺したわけだけど、僕はその数名になんの感情も持ってなかった。もちろん、箱の前で愚痴とか、嘆きなんか口にしていない。でも箱は——言われてみれば、心当たりはあったとはいえ——僕の感知していなかった秋波まで捉えて、勝手に殺した。つまりだよ、たぶん箱が相手を祟るか祟らないかには、僕がどう思ってるのかはあんまり関係ないと思うんだ。……ここまで言えば、君もピンと来るだろ?  どう思う? 箱は住職のことを、殺すのか? 見逃すのか?  これは今後の試金石になると思うんだよね。つまり、箱の子の価値観というか……どの程度「理不尽」なのかについて。住職が僕を殺すつもりで、少なくとも死んでもいいと思って箱を見せたのは確かだ。でも、おかげで箱が僕の手に渡ったとも言えるのだから、箱のほうには殺さない理由もあると思うんだ。プラス、「寺の人は殺さない」というルールの適用範囲がある。このルールが今の時点ではもう失われているとしても、彼が箱を目に入れたのはルールが効いていたタイミングのはず。人間の法律だったら法の不遡及とかあるけどさ、はたして、呪いの箱はどうか?  だから僕はこのあたり、割と楽しみにしてるわけ。……なんだい、そんな顔をして。君もどっちか賭けてみたら——  ……——おっと、電話だ。  さて、……見て。日本の警察署の電話番号は末尾が一緒で、例外もあるが基本〇一一〇。だからって、必ずしも警察署から電話が来たとは限らないが、この状況で画面にあるとつい想像してしまう。じゃあ、こんな時間にいきなり、警察が電話してくる理由(わけ)は?  それを、今から聞くとしよう。——なに、最期に会ったのが、僕だからってことだろうけどね。


2024.10.18:ソヨゴ

エドワードに任せる以上、これはもうどうしようもなかった。

タイトルの「うみ」は「湖」のほうです。木箱の子は……だれか決めているわけじゃないけど、なんか似てますよね。